ウェーハレベルパッケージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物及び方法事件

裁判所 知財高裁
判決日 2018年07月05日
事件名 ウェーハレベルパッケージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物及び方法事件
キーワード 実施可能要件
着目点 発明の詳細な説明の記載は、訂正後発明1~7の組成物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていないと判断した例
事件番号 平成29年(行ケ)10143号
判決のポイント

争 点  

明細書の記載と技術常識に基づき、当業者が、レジスト除去作用と回路材料である金属の腐食防止作用とが両立した組成物を得ることができるか、追試実験の結果はこれを裏付けるものか。

裁判所の判断(抜粋)

2 取消事由3(実施可能要件適合性の判断の誤り)について

(2) ・・・訂正後発明1~7は組成物の発明,訂正後発明8及び9は訂正後発明1~7のいずれかの組成物を用いた方法の発明であるから,本件訂正発明について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しているというためには,少なくとも,訂正後発明1~7の組成物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていなければならない。

 ・・・したがって,本件訂正発明における実施可能要件適合性の判断に当たっては,基板からポリマーやエッチング・アッシング残渣を除去することができることと,金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えること,の2つの性質を両立している組成物を生産することができるといえるかどうかを検討することとなる

(3) 本件明細書の発明の詳細な説明における記載内容についてみると,請求項1に記載された成分である有機アンモニウム化合物,HAS及び水を含む具体的な組成物として,含有量及びpHの点を措くと,表2のB5,表4のD11,表7のM2~M4,表19のW3,W5,W6,W11~W13がそれぞれ記載されている。

 そして,これらの組成物が有するレジスト除去性能に関し,①表7に,M2について「完全な溶解」,M3及びM4について「完全なリフトオフ」であること・・・がそれぞれ示されている。これらの試験は,本件訂正発明に係る組成物が有すべき基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去性能に関し,除去対象としてレジストを選択した場合の評価を得ることを目的とするものと認められる。しかし,金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることに関しては,D11,M2~M4,W5及びW6のいずれについても,発明の詳細な説明中にこれを評価したと認めるに足りる記載は見当たらない。・・・

 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明において,訂正後発明1に係る成分を含有し,実際にポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立している組成物についての具体的な実施例が記載されていると認めることはできない

(4) ところで,本件訂正発明のような有機アンモニウム化合物を含有するレジスト除去・洗浄剤では,レジスト除去は塩基の作用によるものであって,塩基の濃度が高い,あるいは,pHが高いほど,その除去作用が強いという傾向にあることは当業者における技術常識である(弁論の全趣旨)。また,回路に用いられる代表的な導電性金属である銅やアルミニウムの腐食性が,接触する組成物・溶液の種類とそのpHに依存することも,当業者における技術常識・・・である(甲48)。

 これらの技術常識に照らせば,当業者は,一般論として,塩基の濃度とpHを調整することにより,レジスト除去に代表されるポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用の強弱と,回路材料である金属の腐食作用の強弱とを変化させることが可能であると一応理解できるというべきである。さらに,当業者は,本件明細書の段落【0089】の記載から,レジスト除去をより高温で,より長時間行うと,より完全となる傾向があることも理解することができる。

 しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,実際のpHが明らかにされた具体的な組成物の記載は一切存在しないし・・・,訂正後発明1に係る成分を含有し,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることが両立している具体的な組成物の例も記載されていない。・・・

(5) 以上検討したところによれば,本件明細書に接した当業者は,塩基の濃度及びpHと,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用,及び回路材料である金属の腐食作用との間に関係性があるとの技術常識を考慮して,pHを調整することにより,ポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることの両立が可能であることを一応理解できるとはいえるものの,反面,本件明細書の発明の詳細な説明においては,当該調整の出発点となるべき具体的組成物の実際のpHの値が一切明らかにされていない上,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属の腐食作用との関係において,どの程度のpHの調整が必要であるのかについての具体的な情報が余りにも不足しているといわざるを得ない。そのため,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本件訂正発明に係る組成物を生産しようとする場合,具体的に使用するレジストや回路材料等を念頭に置いて,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立した適切な組成物を得るためには,的確な手掛かりもないまま,試行錯誤によって各成分の配合量を探索せざるを得ないところ,このような試行錯誤は過度の負担を強いるものというべきである。・・・

(6) 原告は,原告が実施した追試実験において,pHが7付近の本件訂正発明に係る組成物及び有機アンモニウムとしてTMAHを含む本件訂正発明の組成物も所期の効果を奏するものであることが示されており,本件特許は実施可能要件に適合すると主張する。

 しかし,実施可能要件適合性は,出願時の技術常識を前提として,発明の詳細な説明の記載に基づいて判断すべきであって,出願後に提出された証拠によって要件適合性の立証をすることはできないというべきである。

 また,原告が提出した追試実験に係る証拠を考慮するとしても,これらの証拠には,レジスト除去作用と回路材料である金属の腐食防止作用とが両立することを示すものは見当たらず,依然として,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣を除去することができることと,回路を形成する金属の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立しているような本件訂正発明に係る組成物が現実に得られるのかも判然としないというべきである

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