脂質含有配合物およびその使用方法事件

裁判所 知財高裁
判決日 2017年10月13日
事件名 脂質含有配合物およびその使用方法事件
キーワード 実施可能要件
着目点 医薬の用途発明が実施可能要件を満たすには、医薬としての有用性を当業者が理解できるように発明の詳細な説明に記載する必要がある、と判示した例
事件番号 平成28年(行ケ)10216号
判決のポイント

争 点

 出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明が、本件発明の医薬としての有用性を当業者が理解できるかように記載されているか。

裁判所の判断(抜粋)

 ・・・本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。

 これを本願発明についてみると,本願発明は,前記1(2)のとおり,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから,本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。

(2)ア このように,本願発明について実施可能要件の充足性を判断するに当たっては,本願出願当時の技術常識を踏まえる必要があるところ,・・・・(2)イ・・・ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取に関しては,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。

(3) しかるところ,本願発明は,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み,①両者の含有比率につき,ω-6対ω-3の比が4:1以上であること,・・を特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ,このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは,本願出願当時における上記(2)イのような技術常識からは考え難い事態ということができる・・・。

 したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。・・・

(4)そこで,本願明細書の発明の詳細な説明に,上記要請を満たし得る記載があるか否かにつき検討することとするが・・・本願明細書には,実施例18として,「糖尿病についてのケーススタディー」についての記載があり,そこには,「糖尿病のごく初期の症状が誘導される可能性があるかどうかを見るために,さまざまな量および比率のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を,その他の点では健康な対象に投与した」結果,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸のある一定の比率および量により」,糖尿病に関連する各種症状が誘導されたことが記載されるものの,特定の量及び比率のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む配合物の投与によって糖尿病に関連する症状が改善されたことについては,何ら記載されていない。

 したがって,本願明細書の実施例18に係る記載は,本願発明に係る配合物を使用することによって糖尿病の予防又は治療の効果が生じることを裏付ける実証例を何ら示すものではなく,このような記載から,当業者が,糖尿病を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものではない。・・・

4 結論

 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,当業者が,本願発明に係る各医学的状態のうち,少なくとも本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載を認めることはできず,また,そのことが本願出願時の技術常識であることも認められないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。

TOP