光学ガラス事件
裁判所 | 知財高裁 |
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判決日 | 2017年10月25日 |
事件名 | 光学ガラス事件 |
キーワード | |
着目点 | 実施例で確認された組成の数値範囲より広い数値範囲で規定される特許について、サポート要件及び実施可能要件違反と判断した審決を、取り消した例 |
事件番号 | 平成28年(行ケ)10189号 |
判決のポイント
争 点
実施例に示された数値範囲を超える組成に係る光学ガラスについても、本願物性要件を満たし得ると、当業者が認識できるか。
裁判所の判断(抜粋)
本願組成要件に規定された各数値範囲は,実施例によって本願物性要件を満たすことが具体的に確認された組成の数値範囲に比して広い数値範囲となっており,そのため,本願組成要件で特定される光学ガラスのうち,実施例に示された数値範囲を超える組成に係る光学ガラスについても,本願物性要件を満たし得るものであることを当業者が認識できるか否かが問題となる。
そこで検討するに,まず,光学ガラスの製造に関しては,ガラスの物性が多くの成分の総合的な作用により決定されるものであるため,個々の成分の含有量の範囲等と物性との因果関係を明確にして,所望の物性のための必要十分な配合組成を明らかにすることは現実には不可能であり,そのため,ターゲットとされる物性を有する光学ガラスを製造するに当たり,当該物性を有する光学ガラスの配合組成を明らかにするためには,既知の光学ガラスの配合組成を基本にして,その成分の一部を,当該物性に寄与することが知られている成分に置き換える作業を行い,ターゲットではない他の物性に支障が出ないよう複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで当該配合組成を見出すのが通常行われる手順であることが認められ,このことは,本願出願時において,光学ガラスの技術分野の技術常識であったものと認められる・・・。
そして,上記のような技術常識からすれば,光学ガラスの製造に当たって,基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,物性の変化を調整しながら,他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,当業者が通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できるものといえる。そして,前記イのとおり,当業者は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るには,「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」ことが特に重要であることを理解するものといえるから,これらの条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることも理解し得るというべきである。
してみると,本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,本願組成要件に規定された各成分の含有比率・・・の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識に鑑みれば,当業者は,本願組成要件に規定された各数値範囲のうち,実施例として具体的に示された組成物に係る数値範囲を超える組成を有するものであっても,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得るというべきであり,更に,そのように認識し得る範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体(上限値や下限値)にまで及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
エ これに対し,本件審決は,本願明細書の実施例に記載されたガラス組成の数値範囲については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを確認することができるが,実施例に記載されたガラス組成の数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが,実施例の記載により裏付けられているとはいえないとし,また,その他の発明の詳細な説明のうち,部分分散比に影響を与える成分であるTiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3及びLi2Oの記載(段落【0029】等)についても,好ましい範囲等として記載される数値範囲が実施例に記載されたガラス組成の数値範囲より広い範囲となっていることから,実施例の数値範囲を超える部分について,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを裏付けるとはいえないとし,更に,本願出願時の技術常識・・・に照らしても,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえないと判断したものである。
このように,本件審決の判断は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率・・・の各数値範囲のうち,当業者が本願物性要件を満たす光学ガラスが得られるものと認識できる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,上記ウで述べたところからすれば,このような判断は誤りというべきである。