無線送受信回路事件
裁判所 | 知財高裁 |
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判決日 | 2018年08月08日 |
事件名 | 無線送受信回路事件 |
キーワード | |
着目点 | 特許法33条1項、特許を受ける権利の承継に実際に対価が支払われることを要するか |
事件番号 | 平成30(ネ)10019号 |
判決のポイント
争 点
出願前に特許事務所から送付された願書案の特許出願人欄を十分に確認できたのであるから、特許を受ける権利を黙示的に譲渡したと認定された事例
裁判所の判断(抜粋)
一審被告の代表社員であるA(一審被告代表者)は,かねてから,求職中のエンジニアを探していたところ,平成27年6月15日,電子機器の組合を営む知人から,一審原告を紹介された。Aは,その際,一審原告に対し,当時一審被告が行っていたバッテリーの長寿命化システム開発を手伝って欲しい旨要請した。
一審原告は,これに応じ,同年7月ころから同年9月30日ころまでの間,不定期に,上記システム開発に関する業務を手伝った。
一審原告は,平成22年ころからPLLシンセサイザの性能改善,源発振器としてSAW発振器を用いることなどを内容とする無線送受信回路の技術(以下「本件技術」という。)の研究を行っていたが,その研究開発を進める資金がない状況にあったため,遅くとも平成27年9月ころには,Aに対し,その旨を説明した。
そこで,一審原告は,平成27年9月中旬ころから,本件技術を携帯電話端末等に利用するための基板の製造,部品の実装,特性データの取得等の研究開発を進め,一審被告は,そのための資金提供を行った。
一審被告は,平成27年10月中旬ころ,本件技術の研究成果である本件発明について特許出願をするために,本件特許事務所に対し,先行技術調査を依頼した。同調査に要した費用は,一審被告が負担した。
一審被告は,上記調査の結果,障害となる先行技術が発見されなかったため,本件特許事務所に対し,本件発明に係る出願書類等の作成を依頼した。
一審原告は,平成27年11月上旬ころから,本件発明に係る出願書類等の作成に当たり,一審被告の担当者として,Aと協力して本件特許事務所との対応に当たり,同事務所が作成した願書案について,その内容を確認してコメントを付したり,同事務所からの質問に回答するなどした。
平成27年11月20日,本件特許事務所からA及び一審原告に対して願書案(願書及び添付書類)の最終版が電子メールで送信されたところ,Aが飛行機に搭乗中であって確認できなかったため,一審原告が,その内容を確認し,本件特許事務所に対し,願書案のとおりの内容で出願することを了承する旨の電子メールを送信した。
願書案中の1枚目の願書(「特許願」と題する書面)の「特許出願人」欄には一審被告の名称が,「発明者」欄には一審原告及びAの氏名が記載されていた。
本件特許事務所は,同日,一審被告の代理人として,願書案のとおり,本件出願をした。また,特許出願料,本件特許事務所に対する手数料等の本件出願に必要な費用は,一審被告が負担した。
–中略–
本件発明についての特許を受ける権利の承継の有無
ア 前記の認定事実を総合すれば,
①一審原告は,Aと知り合う前から本件技術の研究を行っていたが,一審原告自身にはその研究開発を進めていく資金がなかったため,Aと知り合って以降に,Aに上記事情を説明し,Aが代表社員を務める一審被告と協力して,携帯電話端末等の民生用の技術として本件技術の研究開発を進めていくこととし,その研究成果である本件発明について本件出願に至っていること,
②本件出願に当たっては,一審被告が本件特許事務所に対して出願手続を委任し,本件出願に係る願書の「特許出願人」欄には一審被告の名称が記載されており,しかも,特許出願料,本件特許事務所に対する手数料等の本件出願に必要な費用は,一審被告が負担していること,
③一審原告は,一審被告の担当者として,本件出願に係る願書の作成に関与し,複数回にわたって,本件特許事務所が作成した願書案の内容を確認してコメントを付したり,本件特許事務所からの質問に回答するなどし,最終の願書案についても,Aに代わって確認し,その願書案のとおりの内容で出願することを了承し,その願書案中の1枚目の願書(「特許願」と題する書面)の「特許出願人」欄には一審被告の名称が記載されていたことが認められる。
上記認定事実によれば,一審原告は,本件出願に係る願書の「特許出願人」欄に一審被告の名称が記載されていること及び本件出願に必要な費用は全て一審被告が負担していることを十分に認識し,本件出願について特許査定がされた場合には,特許出願人である一審被告が特許権を取得することを理解していたものと認められる。
加えて,一審原告と一審被告との間で本件発明についての特許を受ける権利の譲渡の対価額について具体的な交渉がされたことはうかがわれないものの,他方で,一審原告が一審被告に対して無償で上記特許を受ける権利を譲渡すべき事情も認められないこと,その他本件出願に至る経緯等(前記(2))に鑑みると,一審原告と一審被告との間では,遅くとも本件出願時までに,一審原告の有する本件発明についての特許を受ける権利を一審被告に相当な対価で譲渡する旨の黙示の合意が成立したものと認めるのが,当事者の合理的意思に合致するというべきである。
イ これに対し,一審原告は,
①願書案についての一審原告の確認対象は,請求項の技術的な記載事項に限定されており,その他の記載は十分に確認していないし,また,一審原告においては,特許出願手続や願書案の記載方法について全く知識を有していなかったため,願書案の「特許出願人」欄に記載される者が本件出願に係る特許を受ける権利を有している者をも意味する記載であると認識することは,極めて困難であったこと,
②一審原告は,本件発明についての特許を受ける権利の対価の支払を受けておらず,一審原告が無償で上記特許を受ける権利を一審被告に譲渡すべき理由もないことからすると,一審原告が一審被告に対して本件発明についての特許を受ける権利を黙示に譲渡した事実はない旨主張する。
しかしながら,上記①の点については,前記ア認定のとおり,一審原告は,本件出願に係る願書の作成に関与し,複数回にわたり,願書案の内容を確認し,最終の願書案についても,Aに代わって確認し,その願書案のとおりの内容で出願することを了承しているところ,願書案中の1枚目の願書(「特許願」と題する書面)の「特許出願人」欄に一審被告の名称が記載されていたのであるから,一審原告が願書案の確認を行うに際し,その記載に気付かないはずはないし,また,特許出願について特許査定がされた場合には,願書に「特許出願人」と記載された者が特許権を取得することは,特許出願手続や願書の記載方法について知識がなくても当然に理解できる事柄である。
また,上記②の点については,一審原告と一審被告間の本件発明についての特許を受ける権利の黙示の譲渡の合意は,無償ではなく,一審被告が相当な対価を支払うことを内容とするものであり,仮に一審原告が一審被告から上記譲渡の対価の支払を未だ受けていないとしても,そのことは上記合意の成立を妨げるべき事情となるものではない。
したがって,一審原告の上記主張は,採用することができない。
小括
以上のとおり,一審原告と一審被告との間では,遅くとも本件出願時までに,一審原告の有する本件発明についての特許を受ける権利を一審被告に相当な対価で譲渡する旨の黙示の合意が成立したものと認められるから,上記合意により,上記特許を受ける権利は一審被告に移転したものと認められる。
したがって,一審原告の特許を受ける権利の帰属確認請求は,理由がない。